顎関節症は、ある意味、生活習慣病です。セルフケアを行うことでほとんどの顎関節症は治ると言われています。セルフケアには、顎を守るためのセルフケアと積極的に顎を治すためのセルフケアがあります。
まず顎を守るためのセルフケアを行うために、顎に負担がかかる事柄とどうやって守るかについてお話ししたいと思います。
顎関節症は大きく分けると、朝症状が強い人、夕方から夜にかけて症状が強い人に分けられます。
朝に症状が強いということは、寝ているときに何か問題があるという事になると思います。一番に考えられるのは歯ぎしりです。
歯ぎしりというと、旅行に行った時に友人が、夜寝ているときにギリギリうるさくて眠れなかったなどという経験をお持ちの方もいると思います。あんなにうるさくて眠れなかったのに本人はケロッとし気がついていなかったのではないでしょうか。たまに自分の歯ぎしりで目が覚めたと言う人もいますが、それはごくまれです。通常は自覚がない場合がほとんどです。
歯ぎしりは大きく、ギリギリと音がするグライディング、音はしないがグッと噛みしめるクレンチング、カチカチと音がするタッピングの3つに分かれます。音がしてわかりやすいので、一般的には歯ぎしりというとグライディングの事を指します。また、歯ぎしりは寝ている時に起きるというイメージがありますが、起きている時の噛みしめも歯ぎしりの一種です。ただ起きているときは悪習癖に分類されるので、これについてはまた次の項目で説明いたします。睡眠時の歯ぎしりの原因について、以前は咬み合せが原因と言われていた時期もありますが、現在では自律神経系の活動の変化が起こり、脳波活動の亢進、心拍数の増大に続き、筋の活動を中心に歯ぎしりが起こることから、歯の接触は2次的に生じていると言われています。またそこには睡眠の深さが関係していて、歯ぎしりの大半が眠りの浅いノンレム睡眠、特に眠りの深いノンレム睡眠からレム睡眠に移行する睡眠状態が不安定な時に起きると言われています。つまり眠りが浅い人は歯ぎしりが出やすいという事です。またその他の原因として、ストレス、性格、遺伝、薬の副作用、飲酒、喫煙、病気の副作用など多くの項目が挙げられていますが、個人差が大きいため実際のところは良くわかってはいません。ただ歯ぎしりは、起きている時の最大かみしめ以上の力がかかるので、歯や歯肉、筋肉、顎関節に破壊的に働くと言われています。
歯ぎしりによる持続的な筋肉への負担のため、起床時に顎の痛みが強く、時間の経過とともに痛みが消えていく場合が多いです。また顎関節の変化についても、持続的な負担の増加が、関節の中に負担をかけ、関節痛を起こしたり、関節の中の関節円板をずらしてしまうのではないかと言われています。
ただ最近では、音がする歯ぎしり(グライディング)は、それほど顎には害がなく、問題は、音がしない歯ぎしり(クレンチング、かみしめ)であるとも言われています。
歯ぎしりについての対応としては、結局原因が様々で良くわかっていないので、歯ぎしりを根本的に止める方法はありません。ストレス、飲酒、薬が関係しているようであれば、それにそれぞれ対応する必要があります。現在一番多く用いられている対応法としては、スプリント(ナイトガード)療法です。スプリント(ナイトガード)とは、マウスピース様の装置です。一般的には、スプリント(ナイトガード)よりはマウスピースと呼ぶ方が患者さんの理解が得やすいので、マウスピースと呼ばれることが多いですが、スポーツのマウスピースとは違います。材質には、固いものと軟らかいものがあります。軟らかいものの方が違和感は少ないようですが、軟らかいため逆に力が入りやすいためか、歯ぎしり(特に噛みしめ)がひどくなり顎の痛みが増すことがあるので注意が必要です。
睡眠の改善や筋肉に力を弱めるために薬を使うこともありますが、薬を止めると戻ってしまうことや、薬物依存、副作用の問題があるので、良く担当医と相談してください。
歯ぎしりの根本的な治療法はありませんが、歯ぎしりを少なくするためにいろいろな試みがなされています。
まず1つ目は、昼間の歯ぎしりを減少させる事です。昼間の歯ぎしりについては、後で述べますが、睡眠時と違い、多くは悪習癖として捉えられています。昼間の歯ぎしりを自覚し、悪習癖を改善することで昼間の歯ぎしりが減少すると睡眠時の歯ぎしりも減少するとの報告があります。次にリラキゼーションと自己暗示法です。この方法について具体的に説明いたします。まず布団に入り枕を低くし、後頭の一番出っ張ったところより首の付け根近くに枕が来るようにします。すると頭が少し上を向くので口が開きやすくなります。次にリラックスをする方法ですが、力を抜くと言うのは通常でも難しいことです。力を抜くためには、最初に力を入れることがポイントです。まず1,2秒強く噛みしめて、顎の力を抜いて歯を離して下さい。この時に呼吸も合わせて、力を入れる前に大きく吸って、力を入れる時に息を止め、脱力した時に大きく吐いてください。次に肩に思いきり力を入れて1,2秒したら力を抜いて下さい。ここでも呼吸を合わせてください。同様に胸、腹、太もも、そして最後に足の先に力を入れ、ストレスがすべてそこから出ていくようなイメージで大きく息を吐きだしながら脱力します。次に自己暗示ですが、例えば、次の朝大事な用事があって4時に起きなければいけない時に、目覚ましが鳴る前に時間通りに目が覚めることがあると思います。同じように、リラックスして眠ると言う作業はその気になれば意外にできると言われています。先ほどの作業で力を抜いた後に、呼吸に意識を傾け、吐くときに脱力するのを繰り返しながら、手足やお腹が温かくなってくるのを感じてください。また吐くときにリラックスすること、歯を噛みしめないこと等を自分に言い聞かせます。そして、次の朝、すっきりさわやかに目が覚める自分の姿をイメージしながら眠りに入ってください。これが自己暗示療法です。その他にも、ストレスマネージメントや、寝る前に飲酒、喫煙、あるいは読書をしないなどに気をつけることも必要です。
①昼間の噛みしめ、上下歯列接触癖
今このHPを読んでいただいているわけですが、ちょっとHPから目をそらして真っ直ぐに姿勢を正して座ってみてください。力を抜いて、心を落ち着かせてください。まっすぐ前を見て背筋を伸ばして目を閉じます。そしてゆっくり唇を閉じてみてください。どうでしょう、上下の歯は触っていますか?触っているのは、奥歯ですか?前歯ですか?また、その時に舌はどこにあるでしょうか?下の前歯に触っていますか?それとも上顎の歯茎に触っていますか?
1日のうちで上下の歯が接触している時間はどれくらいか知っていますか?
日本だけでなく世界的にいろんな研究がありますが、どのデータを見てもだいたい20分程度です。どうでしょうか、驚かれた方もいらっしゃると思います。実際、診療室で患者さんにお話しすると、驚かれる方が多いです。実際、下の顎の骨は頭の骨と筋肉と関節でつながっているので、上下の歯が当たっていると言うのは、下の顎をずっと持ち上げていることになります。どうでしょう。例えば、手を軽く握りしめてください。強く握りしめてなくても、長く握っていれば手がこわばり、手を開くのに違和感があるかと思います。顎の筋肉や関節、あるいは歯も、ずっと力が掛かっていれば疲れてしまいますよね。ただ、これが習慣となってしまうと噛みしめていても気がつかないことがあります。
次に両手をそれぞれ左右の頬に当てて、その状態で歯を軽く合わせてみてください。どうでしょう、頬の筋肉が硬くなったのが分かると思います。
では、今度は手鏡を持って、あるいは洗面所へ行って口を開けてみましょう。口を開けて舌や下唇の内側を見てみましょう。どうでしょうか?ギザギザしていませんでしょうか?噛みしめがあると舌や粘膜が歯に押し付けられるため、歯の跡がついてしまうのでギザギザになってしまうと言われています。特に舌の位置が口を閉じた時に下の歯にあたっていると、口を閉じているときに舌は下の歯を押すために顎に負担が掛かるとも言われています。口を閉じたら、舌は上の顎の歯茎にあたっているのが良いと言われています。
さて、では歯が当たらないようにするにはどうしたらいいでしょうか? 現在、歯科で歯が当たらない様に勧められている方法としては、貼り紙法という方法があります。歯を離そうと意識すると逆に疲れてしまいますよね。意識しないで歯を離す習慣を作ることが大切です。貼り紙は家や仕事場の目が付くところにそれぞれ最低でも10か所貼ってください。ここでのポイントは、普段は歯の事は意識せず、貼り紙を見た時だけ大きく息を吸って肩に力を入れ、息を吐きながら、肩の力を抜き、歯を離すことです。これによって、歯が当たると自然に離すと言う条件反射で離せるようになると言われています。
ただそうは言ってもなかなか習慣を変えるのは難しいですよね。たとえば、靴を左側から履くのが習慣になっている人が右から無意識に履けるようになるのに一か月かかると言われています。
また違う方法としては、例えば時間を決めて口を開けるようにする。時計の長い針が12を指した時に、3回一番大きく口を開ける。あるいはガムを噛んで柔らかくした後、それを舌の上で転がして丸くするのを続けることで歯が当たらない、顎にも力が掛からない、顎を動かすことで筋肉に血流が良くなり痛みも取れやすくなるなどの方法があります。
いずれにしても、長時間同じ姿勢、特にうつむいた姿勢でいることは、肩こりや頭痛などの原因にもなりますので、時間を見て体を動かしリラックスすることは必要ですよね。
②寝る姿勢と舌の位置、呼吸法
毎日のことですから寝る姿勢や枕の高さも顎関節症と関係していると言われています。一番良くないのは、うつぶせ寝です。仰向けで寝るのが顎にとっては一番負担が掛からないのですが、数年前仰向けに寝ることで、舌根沈下により気道がふさがれ、いびき、睡眠時無呼吸症候群、酸素不足による脳卒中などの弊害が生じるということが話題になりました。確かにうつ伏せや横を向いて寝ると舌は後ろに下がらないために、これらの症状は改善されることがあるようです。また、腰が悪い等、仰向けで寝られない場合もあると思います。ただ、うつ伏せや、横を向いて寝ることで顎が常に押し付けられることで負担が掛かってしまう。実際、顎関節症の患者さんに寝る姿勢を聞くと、症状のある方を下にして寝ているケースが見られます。また枕が高いと噛みしめやすくなるので良くないようです。
最近、呼吸法について取り上げられることが多いようですが、口呼吸の弊害として口の中が乾き免疫力が落ちると言われています。口呼吸だと口を開いていることが多いため、舌の筋肉や口唇の回りの筋肉が衰えることで舌が後ろに下がり、気道がふさがれ、いびきや睡眠が浅くなることなど指摘されています。睡眠が浅くなると歯ぎしりも強くなる可能性もありそうですね。みらいクリニック院長の今井一彰先生は、寝る時に口にサージカルテープを貼る方法や「あいうべ体操」を行ってもらうことで効果を得ているようですので参考にしてみてください。
③偏咀嚼
手に利き腕があるように、食物を咀嚼するのにも利き咬みがあると言われています。顎関節症の患者さんに聞くと良く使う方に症状が出ている場合が多いようです。ただ片方の顎の動きが悪くなると、動きが悪い側の方が痛くても咬みやすい。つまり悪くない側で咀嚼するには、悪い側をより動かすことになる、あるいは動かないため悪い方で咬むことになるのでより悪くなるようです。普段はなるべく均等に咬むようにするといいかと思います。
④姿勢
習慣になっている姿勢を見直してみましょう。
今HPを読んでいる姿勢はどんな姿勢ですか?寝転んでいたり、頬杖をついていたりしませんか?背中を丸め、首を突き出して本を読んだりパソコンをしたり、テレビを見たりしていませんか?常に肩に力が入っていませんか?あるいは、片方だけで重いものを持つなどもバランスが悪くなりますね。普段の姿勢が、顎だけでなく、首や肩さらには腰にも負担をかけている場合が多いようです。頭痛と肩こりの原因として座っているときに骨盤が後傾して、頭が前に垂れていることが言われています。頭が首の真上、首が背骨の真上にくるのが良い姿勢の基本と言われています。また、長時間同じ姿勢でいるのは、筋肉や関節の血液の循環障害が起こりますので、リラックスして体を動かす習慣を作るようにすると良いと思います。一生懸命になっているときほど、息抜きを忘れないようにしましょう。
⑤楽器、スポーツ
管楽器の練習を過度にすることで、顎の関節や筋肉に負担がかかり顎関節症になりやすいと言われています。練習時には適度な休みをとること、症状が強いようならしばらく休むことが必要でしょう。
またスポーツにおいて、最近歯や顎の保護のためにマウスガードが義務化されている種目も増えています。たしかにぶつかり合うことや過度に噛みしめることで顎関節症となる場合があります。それを防ぐためにマウスガードをすることは必要ですが、そこで問題になるのは、適切な咬み合せや形態で作られていないマウスガードをしていることで逆に、歯の破折、骨折や顎関節症になるケースがみられることです。特にスキューバダイビングでは合わないレグレーターを長時間噛みしめていることで口が開かなくなる症例が多くスキューバダイビングシンドロームと言われています。マウスガードが必要な場合、スポーツ歯科という分野の勉強をしている歯科医に相談してください。
スポーツを行う際、力を入れる時にかみしめているかどうかは議論されているところですが、少なくとも顎をズラして噛みしめていると顎には破壊的な力がかかることになるので注意が必要です。
⑥環境
普段生活している環境も顎関節症の原因となることがあります。寒くなると噛みしめることや体をこわばらせる事が多くなり、血流が悪くなるため筋肉や関節が硬くなり、顎関節症の症状が出現しやすくなります。また最近では真夏になると、どこへ行っても冷房が強いため、うっかり薄着で出歩くと風邪を引いてしまうことがあると思います。職場の席が冷房機の前で、そこで寒い思いをしていることが実は顎関節症の原因であったなど笑えない話も実在しますので、周りの環境についても考えてみてください。
⑦ストレス
顎関節症が典型的な心身症に含まれるという事をお話ししましたが、ストレスにより、噛みしめたりすることが多くなって筋肉や関節に負担が掛かることや、痛みに敏感になることで顎関節症状が悪化する事があります。
ストレス自体は刺激に対する反応であり、ストレスがないと人間は生きていけないと言われています。問題はその大きさと受け止める側の状態です。たとえば噛みしめなどで顎に対するストレスが掛かりすぎれば顎が痛くなる。顎に対する負担をどうするか考えるように、日常生活で問題になっていることを整理してみて、それを解決していくことも必要ですし、あるいは自分ではどうしようもない問題に対しては気分を変える事や、相談できる相手を普段から見つけておくこと、場合によっては心療内科やカウンセラーなどの専門家を頼るのも良いかと思います。